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2009年7月26日 (日)

《番外編!第25代日本ライト級王者・用皆政弘》…其ノ3・最終回

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…7月初めだったか夕方に練馬区桜台のSEIYU前でバッタリ用皆氏と出くわした。
「あれッ!どうしたの?買い物なんかして!奥さんは?」と私は聞いた。
「うん!ちょつとね!」どうも缶ビールを買いに来たようだった。
私は「奥さんと喧嘩でもしたの?」と聞くと「いや〜!家にいてテレビ見てるよ!」とバッが悪そうにニヤニヤしながら云った。
どうやら私が聞いた事が当たっているようだった。そして、「今度、焼鳥屋で一杯行こうよ!電話するから!」〜と云って別れた。
仕事絡みで話すようになってからもう12年ぐらいになる。
偶然にも用皆氏の自宅と私の自宅は直線距離で300mと離れていない。

《用皆氏の現役時代を振り返る》
…'78年4月11日、日本ライト級王者・用皆政弘(斎田)対高橋仁(トーア・F)とのライバル同士対決は用皆選手が2回2分07秒KOの衝撃的勝利で3度目の防衛に成功したのだった。
この試合は、今でも語り種になっている。翌年の'79年5月21日には世界挑戦の準備の為に日本王座を返上する。

そして、'79年10月4日、用皆選手は1階級上げてWBC世界S・ライト級王者の金相賢(韓国)に挑戦することとなる。
試合が始まると序盤から中盤にかけてはお互いワンツーから左右フックの出し合いで互角の戦いだった。しかし、後半に入って徐々に金選手のスピードとテクニックが上回り始めた。
11回に入ったところで用皆選手が金選手にスタミナ切れを見抜かれて、怒涛の左右集中連打を浴びリングに崩れ落ちた。用皆選手にはもう立ち上がる気力も余力も残っていなかった。KO負けだった。

それから半年後の'80年4月28日に再起戦が組まれた。相手は以前戦ったことのある畠山昇選手(野口)である。前回の試合は判定勝ちしている。
再起を誓って用皆選手は後楽園ホールのリングに上がった。しかし、前回の対戦時のように動けず精彩を欠いて、畠山選手に研究しつくされてもいた。
結果は10回判定負けに終わってしまう。そして、この試合が現役最後となったのである。
今度、用皆氏に会った時、あの世界戦の試合は何がいけなかったのか、敗因をじっくりと振り返って貰うことにした。
〜(完)

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コメント

うちの親父が30なん年前に後楽園に応援行ったって言ってましたよpunch

投稿: kaZya | 2009年8月 4日 (火) 16時00分

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