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2009年7月 3日 (金)

…《ニカラグアの英雄で「貴公子」と呼ばれた男!アレクシス・アルゲリョ氏〜自殺!》…

…〈三階級制覇のニカラグアの英雄〉アレクシス・アルゲリョ氏〜自殺!……〈三階級制覇のニカラグアの英雄〉アレクシス・アルゲリョ氏〜自殺!……〈三階級制覇のニカラグアの英雄〉アレクシス・アルゲリョ氏〜自殺!……〈三階級制覇のニカラグアの英雄〉アレクシス・アルゲリョ氏〜自殺!……〈三階級制覇のニカラグアの英雄〉アレクシス・アルゲリョ氏〜自殺!…☆7月2日の各スポーツ紙に「3階級制覇のボクシング元世界王者アレクシス・アルゲリョ氏〜短銃自殺!」の見出しにボクシング界のみならず他のスポーツ界やファンにも衝撃が走っただろう。アレクシス・アルゲリョ(57歳)はニカラグア史上初のボクシング世界王者であり「ニカラグアの英雄」と呼ばれた。'75年10月12日に来日して、当時の日本の切り札的存在のロイヤル小林と壮絶な試合を展開した。序盤小林が右フックでアルゲリョを攻めると今度はアルゲリョが5回右ボディーでダウンを奪う。小林が立ち上がると次には強烈な左ボディーで試合を決めた。…最近はボクシング指導に携わりつつ、昨年11月には政治家に転身してニカラグアの首都マグアナ市の市長選挙に立候補して見事に当選、市長となっていた。その時の模様は日本の一般新聞やスポーツ紙でも紹介され記事になっている。しかし、自殺の原因は、その市長選挙に不正投票疑惑が持ち上がりアルゲリョは悩んでいたとされているが、はっきりとした背景は分かっていない。…現役時代はボクサーに似合わず、その端正な容姿からボクシング界の「貴公子」として称えられ世界中で人気があった。今でこそ5階級や6階級制覇者がいるが、当時としては異例の階級制覇者だった。「WBA世界フェザー級④度防衛>その後返上」「WBC世界スーパーフェザー級⑧度防衛>その後返上」「WBC世界ライト級④度防衛>その後返上」と3階級を制して4階級目を目指した。そして、当時WBA世界スーパーライト級の無敗王者アーロン・プライヤー(米国)に4階級制覇を掛けて'82年と'83年に挑んだが、どちらもKO負けに終わって、4階級制覇はならなかった。しかしながら、負けても、なお挑む姿は称賛されて世界中に名を広めたのだった。今のパッキャオ(比)人気に似た存在である。…日本にもそれ以前に来日している。「WBA世界フェザー級タイトルマッチ」アルゲリョ3度目の対戦相手はロイヤル小林選手(国際)。'75年10月12日当時、日本で最も期待され「KO'仕掛人」と異名をとって人気があったロイヤル小林と対戦した。この試合1回〜3回まで左ジャブを繰り出しワンツーと華麗なフットワークでアルゲリョが圧倒する。4回は小林も負けじ魂で左フックで応戦したが、5回終盤にアルゲリョの右ボディブローで小林ダウン。立ち上がると今度は強烈な左のボディブローで畳み掛けて終了した。…来日した当時、口髭をはやし、スラリとした体つきで端正なマスクは俳優のようだった。インタビューではそつなくなんでもハキハキ応えて紳士的イメージ(それが後に貴公子と呼ばれたゆえん)である。しかし、服を脱ぐと筋肉質で引き締まった体形だった。来日する前の練習風景の映像が流れたが、その映像を見ると日本人が対戦しても、とても太刀打ち出来ないと感じさせられた。そんなアルゲリョは日本で対戦した後、ニカラグア国内は内戦状態に陥り共産主義国家となった。その為、米国へと移って主戦場として活躍した。…引退後は名選手として、今でもそのアウトボクシングの華麗な動きのスタイルは基本として、世界中で語り継がれていて、ボクサーやボクシングファンの憧れの的となっている。…7月14日には教え子だったWBA世界ミニマム級王者ローマン・ゴンザレスが高山勝成(真正)の挑戦を受ける矢先でもあった。もう見とどける事は出来ない。そんなボクシング史に遺る名選手のアレクシス・アルゲリョは自分で命を絶ってしまった。誠に哀しい限りである!生涯戦績90戦83勝(64KO)7敗と素晴らしい戦績を残した。…ここに謹んでご冥福をお祈りします!享年57歳…合掌

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コメント

アレクシス・アルゲリョが自殺した。って?ショック・残念、あの芸術的ボクシングをした人、アルゲリョといえばロイヤル小林と対戦した人ですね、ロイヤル小林は自衛隊でアマチュアボクシングし、自衛隊魂とまで形容された。アマチュアボクシングよりもプロ向きのボクシングの戦い方をするのでプロに転向、10回戦の時から私はテレビで観ていたので、後には世界初挑戦でチャンピオンになれる人だ。と思っていたが上には上がいるものだ。アルゲリョは圧倒的なボクシングでロイヤル小林をKOしタイトルを防衛、ロイヤル小林さんが後に回想「氷の塊で叩かれた気がした、ただの試合でさえ叩かれるのは嫌だったがこの試合後、頭にタンコブが沢山できていた。アルゲリョのパンチをダイアモンドに例えるとウィルフレド・ゴメスのパンチは軽石だ」と言ったくらい凄まじさがうかがえる。ロイヤル小林はその為、顔面をガードしたためボディを狙われマットに沈んだ「ナイフではらわたをえぐられた様だった」と表現している。パンチがあまりに強いのでこぶしを骨折することもあった。アルゲリョがアーロン・プライアーと戦った時、あの名王者がダウンして立ち上がれない姿を見て残念で仕方がなかった。亀田昭雄が「プライアーのパンチはたいしたことも無く、まだ串木野のパンチの方が強いぐらい」というくらい、ただプライアーはパンチがそれほどでもないけれどもファイティング原田、的な戦いをするのでアルゲリョはやりにくかったのだろう。減量苦から階級を上げて戦い続けたのでプライアーとの戦いは不利な戦いであった。根っから同じ階級同士であればアルゲリョ勝利していたと思う。
アルゲリョがこの世にいなくなったのが、まだ信じられません 冥福をお祈りします。

投稿: ふーちゃん | 2012年1月 2日 (月) 23時39分

若き日のアルゲリョはパナマが生んだ名王者エルネストマルセルに挑んで0-3 何れも140-145で判定負けしていますがマルセルは眼窩底骨折のため此の試合を最後に引退されてますね。マルセルが返上し空位となったタイトルをオリバレスと歌川善介さんが争いました。勝者はアルゲリョの挑戦を受けることが予め決まっていたそうです。拳豪オリバレスと対峙した歌川さんは蛇に睨まれた蛙でした。オリバレスが放つ腰の回転を効かせた左フックの餌食となり歌川さんはリングに深々と沈んでしまいました。自分は当時塀の内側にいてリアルタイムで映像を観ることはできませんでしたが後日映像を目の当たりにして戦慄を覚えました。二階級を制覇したオリバレスからベルトを奪取したアルゲリョが祖国の英雄になったのは言う迄もないことです。

投稿: 前科者 | 2012年8月25日 (土) 19時26分

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