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2009年3月22日 - 2009年3月28日

2009年3月26日 (木)

《☆番外編!〜「蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!」は誰が言ったか?その〜④》

《☆番外編!〜「蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!」は誰が言ったか?〜その④最終回》《☆番外編!〜「蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!」は誰が言ったか?〜その④最終回》《☆番外編!〜「蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!」は誰が言ったか?〜その④最終回》《☆番外編!〜「蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!」は誰が言ったか?〜その④最終回》《☆番外編!〜「蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!」は誰が言ったか?〜その④最終回》
☆モハメド・アリは徴兵制度に反対し兵役を拒否した為に、世界王座を剥奪されライセンスも取り消されて1967年から3年間のブランクをつくった。その間、アリは遊ぶ事はせず世界中に飛び回りアメリカの黒人差別を訴えて回る。黒人解放運動にも参加して黒人差別の撤回に一役買い、政治にも訴えて社会的にも貢献した。…ヘビー級王座を剥奪されて3年目のその頃、取り消されていたライセンスも再発行されて、アリは試合復帰に向けて再始動した。…しかし、アメリカのスポーツ紙は〔もうモハメド・アリは以前のようにはいかない!3年のブランクは余りにも永すぎた!〕と書きたてた。そして、1970年10月26日復帰戦の相手はWBA世界ヘビー級1位の(トップコンテンダー)ジェリー・クォーリーである。しかし、試合が始まると、あの華麗なフットワークは死んでいなかった。刺すような左ジャブを多用して動き回りクォリーの動きが止まると左右フックの連打と右ストレートで仕留めて3R・TKO勝ち。見事な復活劇を見せたのだった。…「蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!」この勝ち方こそがアリの代名詞の所以(ゆえん)であった。叩いた新聞も〔ヘビー級であれだけの動きが出来るのは後にも先にもアリだけだ!〕と称賛にまわり、褒めたたえた。…アリには名トレーナーと云われた「アンジェロ・ダンディー」の他に、もう一人の信頼する人物がいた。アリがプロになって間もない頃から補助的トレーナーとして就いていた一人。そのかたわらアリのプロモートも手掛けたり私生活の面倒も見ていたと云う。いわゆるアリを支える裏方的な人物である。その人の名は「ドゥルー・バンディーニ・ブラウン」であった。この人こそが、あのアリのキャッチフレーズを書いて、試合がある度に新聞記事に載せるよう指示した人だった。その文面が〔float like a butterfly sting like a bee!〕〜〔蝶のように舞い!〜蜂のように刺す!〕である。リングに上がる前にアリとブラウンはこれを大きい声で叫んだと云う。そして、世界中の新聞にこのキャッチフレーズが発信されたのだった。ひとつのパフォーマンスである。これ以後に、他の世界中の選手も真似するようになったと云われている。

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2009年3月25日 (水)

《WBC?の〜読み切り番外編!…WBC野球V2でスポーツ紙が売り切れた!》

《WBC?の〜番外編!…WBC野球V2でスポーツ紙が売切れた!》《WBC?の〜番外編!…WBC野球V2でスポーツ紙が売切れた!》《WBC?の〜番外編!…WBC野球V2でスポーツ紙が売切れた!》《WBC?の〜番外編!…WBC野球V2でスポーツ紙が売切れた!》☆25日朝スポーツ紙を買おうとコンビニへ行くと数紙の数枚しか残っていなかった。滅多にない事である。日本はWBC野球決勝でライバル韓国に5対3で勝って連続世界一になった事で、普段スポーツ紙をあまり読まない人でも買ったと云う事だろう。そして、スポーツ関連銘柄の株価を含めて軒並み株価が上がった。野球の優勝で経済まで動かすのだ。世界一の野球力は経済力を生むのだ。野球に興味ない人までテレビにくぎ付けになったらしい。たかが野球されど〜されど野球!24日は日本列島野球一色だった。…そして、またガッツ石松が言いそうだ「今度はボクシングのWBCの番です!〜OK牧場!」〜と!

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《☆辻昌建選手(帝拳)へ捧ぐ!》

《辻昌建選手(帝拳)へ捧ぐ!》《辻昌建選手(帝拳)へ捧ぐ!》☆辻昌建選手(帝拳)が3月21日(土)後楽園ホールの試合(チャンピオン・カーニバル王座決定戦!)対金光佑治選手(六島)との壮絶な打撃戦の末、担ぎ込まれた入院先の慈恵医大で3月24日早朝に亡くなった。死亡原因は急性硬膜下血腫。享年30歳だった。…翌日の新聞報道の文面(問いかけに反応なし!)と担架で運ばれる写真を見て私は心配していた。まさかこんな最悪の結果になるとは!勝利した対戦相手の金光選手の胸中もいかばかりか。試合が終われば選手同士仲間なのである。無念の心境だろう。…辻昌建選手は広島県出身で名門(崇徳高校)から(法政大学)へ進み、アマチュアボクシングで国体準優勝、全日本選手権4強になるなど活躍し期待されて帝拳ジムへ入門。2002年10月19日に久田恭裕選手(横浜さくら)に判定勝ちして華々しくプロデビューを飾った。一時期、怪我で試合から遠ざかっていたが、その後、復帰して順調に試合を消化してランキングを上げて行く。なかでも、2004年4月2日の試合8回戦では現在OPBF東洋太平洋ミニマム級王者のハードパンチャー黒木健孝選手(ヤマグチ土浦)に打ち合いに制して3-0の判定勝ちを収めた。その後も、続けて強豪と云われるハードパンチャーの八重樫東選手(大橋)に(6回戦)判定勝ち。今回の王座決定戦の出場権獲得の試合(8回戦A級トーナメント)ではトップコンテンダーの堀川謙一選手(SFマキジム)に判定勝ちして優勝した。辻選手に取っては、ことごとく強豪選手を退けて駆け上がって名を上げたのだった。そして、帝拳ジムではWBA世界S・フェザー級王者ホルへ・リナレス(ベネズエラ出身)やWBC世界S・バンタム級王者・西岡利晃選手やWBC世界フェザー級新王者・粟生隆寛選手のそうそうたるメンバーのいいお手本がいて当然目指す先は、世界を夢見ていた筈である。今回の日本ミニマム級王座決定戦・金光佑治選手(六島)との試合でも6回までは辻選手が優位に立っていたのだが7回から急失速して連打を浴び事故が起きた。ここで、タオル投入などは考えられなかったのだろうか?待機する医師のチェックは出来なかったのか?選手への見極める目はなかったのか疑問が残る?瞬時な試合展開とは言え、試合を進行するレフェリーやトレーナーに見極める目がないとなれば果たしてプロフェッショナルと言えるだろうか。そして、試合開催の関係者は、30歳の若い尊い命を落とした事の重大さを受け止めて、何がどう誤りがあったのか検証するべきだろう。いつまで経ってもリング禍はなくならない。…こう云う事故が起きる度に選手の家族に悲しみが降り懸かる。何とも歯がゆい事である!…神は世に存在しないのか?神に裏切られた思い!…ボクシングファンとしては、こんな事故は二度と見たくない。〜(故)白井義男さんの口癖「打たせないで!〜打つんです!」が聞こえて来るようだ!日本国内の試合でのリング禍による死亡事故は1952年(これ以前は不明確)JBCが発足して辻選手は35人目の犠牲者である。最後に、ボクシング界全ての関係者は選手の(試合前や試合中含む)体調面の管理を万全に医師チェックする体制で臨む事を願いたい。そして、どんな名門ジムにあってもこんな事故が起こり得る事を危惧してやまないのである。 ☆辻昌建選手の生涯戦績アマチュア〔50戦31勝(10KO・RSC)19敗〕プロ戦績〔16戦12勝(3KO)2敗2分〕…辻昌建選手よ!ボクシングファンは一生〈君を!〉忘れません!素晴らしいファイトを見せてくれてありがとう!天国で安らかにお眠り下さい。…そして〜遠い空の彼方からボクシングを見守って下さい!さようなら辻昌建選手よ!〜合掌!!

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2009年3月23日 (月)

《第30回☆CHAMPION CARNIVAL☆…ミニマム級王座決定戦!》

《第30回☆CHAMPION CARNIVAL》《第30回☆CHAMPION CARNIVAL》《第30回☆CHAMPION CARNIVAL》☆1月から始まったプロボクシング日本チャンピオンの防衛を兼ねるチャンピオンカーニバルもいよいよ佳境に入って来た。…3月21日後楽園ホール。〈日本ミニマム級王座決定戦!〉日本ミニマム級は黒木健孝(ヤマグチ土浦)が王座を返上して、空位となっていた為に王座決定戦が組まれた。…(日本ミニマム級1位)辻昌建(帝拳)対(同級3位)金光佑治(六島)の対戦は辻選手が1回の序盤から6回まで壮絶な打ち合いの末、手数で上回って優位にたっていた。〜しかし、ラウンド後半にスタミナ切れからか7回以降に急失速。変わって劣勢だった金光選手が猛反撃に転じる。そして、10回序盤に金光選手は連打の猛攻を浴びせ掛けた。たたみ掛けの強烈な右ストレートが辻選手の顔面をとらえてダウンを奪う。辻選手は立ち上がったが足元がふらつきカウントアウト。10回1分09秒のKO勝ちで金光選手が新王者となった。尚、壮絶な打撃戦でKO負けした辻選手は試合後、意識不明になり慈恵医大に搬送された。検査の結果、急性哽膜下血腫と診断され緊急に開頭手術を受た。(その後、手術後の詳細状況は判らず)〜一方の勝った、金光選手も頭痛を訴えて病院へ搬送されたが診断結果は異常なしで、その後元気を取り戻したと云う。それにしても両者が病院送りになるとは誰もが予想していなかった筈。想像を超えた壮絶な打撃戦だったのである。辻選手には早く回復して元気になって貰いたいものだ。 〔写真・Boxing Magazineより〕

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