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2009年4月12日 - 2009年4月18日

2009年4月17日 (金)

《ちょっと一服!猫ボクサーのニャン太郎登場!》

《ちょっと一服!猫ボクサーのニャン太郎登場!》
☆最近、不良ネコがミャ〜ミャ〜うるさいニャ〜!この前、僕の右ストレートのネコパンチで殴ってやったら静かになったニャ〜!

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《井岡一翔選手(井岡ジム)TKOデビュー!》4月12日・大阪府立体育会館

《井岡一翔選手(井岡)TKOデビュー!》4月12日・大阪府立体育会館《井岡一翔選手(井岡)TKOデビュー!》4月12日・大阪府立体育会館《井岡一翔選手(井岡)TKOデビュー!》4月12日・大阪府立体育会館

☆井岡一翔選手(井岡ジム所属20才)のデビュー戦は対戦相手(タイ国フライ級1位)トンサイレック・ポーウォラシン選手(21才)。試合は1回から井岡選手が左右フックなどの連打で圧倒して、3回目序盤に同じく左フックでチャンスを掴み、ポーウォラシン選手をロープに追い詰め一気に連打で畳み掛けたところでレフェリーストップ。3回26秒のTKO勝ちだった。〜しかし、ちょっと気になったのが対戦相手のポーウォラシン選手だがタイ国フライ級1位とは云え、過去日本人選手との対戦で3戦して3敗3KO負けしていることが分かった。日本に来るまでの戦績が19戦10勝(5KO)9敗だったのだ。確かに戦績を見ると冒険とも云える数字ではある。関係者によると、デビュー戦の対戦相手を日本人選手の中堅選手側と交渉したがまとまらなかったと言われる。注目度のある選手故(ゆえ)に日本人選手の相手が敬遠したとも取れる。また、既に次戦の日程が決まったと発表した。7月26日試合会場も今回と同じ大阪府立体育会館に決定とのことだ。しかし、対戦相手が誰なのかはまだ決まっていない。それにしてもデビュー戦でいきなり8,253人の観客を呼んだとなれば興行的にも大成功で、次の対戦相手も注目される事になるのでマッチメイクもすんなり決まるのではないか。そして、地上波のテレビ放送も付くはずだ。〜今からワクワクして来る。

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《この度!このブログのマスコットにネコボクサー(ニャン太郎)がデビューしました!》

《この度!このブログのマスコットにネコボクサー(ニャン太郎)がデビューしました!》
☆日本ネコパンチ協会公認でデビューしたニャン太郎です!そして、このブログのマスコットになりました!

よろしくニャ〜ン!cat

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《訃報!小松則幸選手(G・ツダ)〜滝への転落死!》

《訃報!小松則幸選手(グリーンツダ)滝への転落死!》
《訃報!小松則幸選手(グリーンツダ)滝への転落死!》
《訃報!小松則幸選手(グリーンツダ)滝への転落死!》

☆日本のプロボクシング界は先月3月24日の辻昌建選手(帝拳)のリング禍での死亡事故があったばかりで、今度は4月13日に山ごもりのトレーニング中での事故で小松則幸選手(グリーンツダ)が亡くなり訃報続きだ。リング外とは言え、何とも痛ましいことである。小松選手は何故!強引にも一人で危険な滝へ行ったのか?神が宿ると言い伝えられるその滝は急勾配な危険な場所だと云われる所だった。どうして複数で行動しなかったのだろうか。同行したトレーナーが危ないからと云って止めたが、制止を振り切る様に強引に行ってしまったという。精神修行だったのだろうが、本当に残念でならない。…小松選手は元OPBF東洋太平洋フライ級王者(5度防衛)で世界戦経験者の選手だった。主戦場が関西で関東では数試合ほどしか試合がなく、余り馴染みがなかったがボクシングファンには知られている選手であった。…1997年9月9日にエディー・タウンゼントジムからプロデビュー。〜2005年1月29日に当時のWBC世界フライ級王者ポンサクレック・クラティンデーンジム選手(タイ)に挑戦したが5回に右アッパーを貰いレフェリーストップでTKO負け。…2006年6月27日に当時の日本フライ級王者・内藤大助選手(宮田)に東洋と日本のWタイトルを掛けて戦ったが内藤選手の左フックが入り6回レフェリーストップのTKO負け。その年の暮れ12月10日にグリーンツダジムへ移籍した。…2009年2月8日に元IBF世界ミニマム級王者のラタナポン・ソーウォラピン選手(タイ)に1回TKO負け。これが小松選手の最後の試合となった。…再起をかけて5月13日に亀田大毅選手(亀田)との試合が組まれていたが試合することなく亡くなった。…小松則幸選手の最後の言葉「絶対に勝ちます!」と周りに語っていた。〜ここに小松則幸選手を悼みご冥福をお祈りします。〈享年29歳〉〜2009年4月14日 海田イサヲ

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《日本ライトフライ級タイトルマッチ!(王者)嘉陽宗嗣(白井・具志堅)対(同級WBC10位)国重隆(大阪帝拳)》4月13日後楽園ホール

《日本ライトフライ級タイトルマッチ!(王者)嘉陽宗嗣(白井・具志堅)対(同級WBC10位)国重隆(大阪帝拳)》4月13日後楽園ホール
《日本ライトフライ級タイトルマッチ!(王者)嘉陽宗嗣(白井・具志堅)対(同級WBC10位)国重隆(大阪帝拳)》4月13日後楽園ホール
《日本ライトフライ級タイトルマッチ!(王者)嘉陽宗嗣(白井・具志堅)対(同級WBC10位)国重隆(大阪帝拳)》4月13日後楽園ホール《日本ライトフライ級タイトルマッチ!(王者)嘉陽宗嗣(白井・具志堅)対(同級WBC10位)国重隆(大阪帝拳)》4月13日後楽園ホール《日本ライトフライ級タイトルマッチ!(王者)嘉陽宗嗣(白井・具志堅)対(同級WBC10位)国重隆(大阪帝拳)》4月13日後楽園ホール

☆嘉陽選手対国重選手の両者は昨年2月に対戦して、嘉陽選手の左目じりが切れて試合続行不可能の為に、5回負傷判定引き分けに終わっている。〜今回は、決着戦の意味合いの試合である。…試合が開始されると1回1分過ぎ、なんとまたもや国重選手の頭が当たり嘉陽選手の左目上をカットする。3回後半に今度は嘉陽選手の右目上もカットしてしまう。サウスポー同士で噛み合わないのか6回後半からクリンチが多くなり嘉陽選手の両目上からの出血が気になる。8回までお互い右ジャブから左ストレート・左右フック・アッパーカットの出し合いの一進一退。5度6度とドクターチェックが入り、またもや試合続行不可能で8回2分22秒レフェリーがストップした。しかし、試合そのものは成立しており8回までの判定となった。78対74で嘉陽。78対75で国重。77対77の引き分け。勝敗は成立せず、またしても引き分けで、両選手にとって悔やまれる試合となってしまった。

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2009年4月14日 (火)

《OPBF東洋太平洋S・ミドル級タイトルマッチ12回戦・(王者)清田祐三(F・赤羽)対(同9位・PABA暫定王者)李在明(韓国)》清田選手の圧倒勝利で2度目防衛!

《OPBF東洋太平洋S・ミドル級タイトルマッチ12回戦・(王者)清田祐三(F・赤羽)対(同9位・PABA暫定王者)李在明(韓国)》清田選手の圧倒勝利で2度目防衛!
《OPBF東洋太平洋S・ミドル級タイトルマッチ12回戦・(王者)清田祐三(F・赤羽)対(同9位・PABA暫定王者)李在明(韓国)》清田選手の圧倒勝利で2度目防衛!
《OPBF東洋太平洋S・ミドル級タイトルマッチ12回戦・(王者)清田祐三(F・赤羽)対(同9位・PABA暫定王者)李在明(韓国)》清田選手の圧倒勝利で2度目防衛!《OPBF東洋太平洋S・ミドル級タイトルマッチ12回戦・(王者)清田祐三(F・赤羽)対(同9位・PABA暫定王者)李在明(韓国)》清田選手の圧倒勝利で2度目防衛!

☆4月13日OPBF東洋太平洋S・ミドル級タイトルマッチの後楽園ホールは超満員で埋まった。清田選手の対戦相手は韓国の重量級のホープで身長190cmのやや細めな李在明選手。リーチは清田選手をはるかに上回っている。…1回目試合が開始されると清田選手が左ジャブでリードする。李選手も1分55秒左フックをヒットさせ一瞬清田選手をグラ付かせる。しかし、清田選手は慌てず立て直す。李選手は余りバランスが良くなく詰めきれない。清田選手は左フックを貰って目が覚めたのかラウンド後半動きが良くなった。2回目に入ると清田選手が左ジャブを多くして、前へ出てプレッシャーをかける。そして、2分過ぎ左フックから右ストレートでチャンスをつくり左右フックの連打が李選手の顔面を強打して防戦一方で倒れる寸前。たまらず、レフェリーが李選手を囲む様に試合を止めた。2回2分49秒のTKO勝ち。完勝と云っていい試合だった。清田選手は、ここ2試合は早い回(2R以内)でのKO勝ち。今後、課題があるとすれば、試合が長引く時のスタミナを付ける事が大事になってくるだろう。これを克服すればアジアでは敵なし。そして世界へと近づく。これで、清田選手の戦績は20戦17勝(15KO)2敗1分となった。KO率の88、2%は驚異的な数字。これから先が本当に楽しみになって来た。

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