« 2009年5月31日 - 2009年6月6日 | トップページ | 2009年6月21日 - 2009年6月27日 »

2009年6月7日 - 2009年6月13日

2009年6月13日 (土)

…「僕、インドへ旅に出ます!」〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介…

…僕、インドへ旅に出ます!〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介……僕、インドへ旅に出ます!〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介……僕、インドへ旅に出ます!〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介……僕、インドへ旅に出ます!〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介……僕、インドへ旅に出ます!〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介……僕、インドへ旅に出ます!〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介……僕、インドへ旅に出ます!〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介……僕、インドへ旅に出ます!〜前WBA世界ライト級王者・小堀佑介…

《パッと咲いて、パッと散ったボクサー小堀佑介!》
…'08年5月19日WBA世界ライト級王者ホセ・アルファロ(ニカラグア)に初挑戦した小堀選手は2回にアルファロの左右集中連打を浴びてダウン。しかし、3回に小堀選手が挽回してアルファロに左フックを浴びせてダウンを奪うと左右フック連打でレフェリーがストップしてTKO勝ち。見事に王座獲得。会場のデイフア有明は歓喜に沸いた。

'09年1月3日、初防衛戦は対(最強トップコンテンダー)パウルス・モーゼス(ナミビア)。初防衛からいきなり指名戦とは酷だ!と苦言もあった。
試合会場「パシフィコ横浜」
試合はモーゼス選手が序盤から左ジャブ、右ストレートを繰り出し、右アッパーカットを放つ。3回以後、小堀選手は出入りの上手いモーゼス選手に右強打で対応するが、上手く逃げられパンチを外される。9回終了間際モーゼスがダウンするがスリップダウン。しかしVTRを見ると小堀の右フックが入っている。これは明らかにダウンである。10回から壮絶な打ち合い。手数でモーゼス。単発ながら強打で小堀。12回を終えて、結果を待ったが、モーゼスのアウトボクシングにして遣られた格好だった。採点は各ジヤッジ2ポイント、2ポイント、10ポイントの0対3で負けて王座陥落。最後までモーゼスのアウトボクシングの上手さに翻弄された。

…その後、練習を再開するが首筋の痛みが引かず、病院で診て貰った診察結果は頚椎椎間板ヘルニアの最悪の診断だった。このまま続けても悪化するだけとの診断にやむなくグローブを置くこととなった。
〈引退宣言した後にTVインタビューを受ける小堀佑介〜そして、エピソード〉
リポーター:「どうして引退なんですか?」
小堀:「あッ!ハーッハィッ!クッ首がダメなんです!」
リポーター:「それはどう云うことなんですか?」
小堀:「病院の先生から言われました!頚椎椎間板ヘルニアと言うことで!クッ首のヘルニアなんです!」リポーター:「えーッ!そうなんですか?それは知りませんでした?」
小堀:「このままボクシングを続ければ、君の体は完全にダメになるよと先生に忠告されました!〜もう疲れました!ハイッ!」
リポーター:「小堀さんリベンジを期待してたんですが残念ですね〜!これからどうされるんですか?」
小堀:「ボッ僕!旅に出ます!」
リポーター:「どちらに!」
小堀:「ハイッ!インドです!」
リポーター:「それじゃ〜彼女とですね〜!」
小堀:「えッ!イャ〜フラれました〜ッハイ!」
リポーター:「小堀さん!インドと言えば仏教の発祥地ですが!何か精神修行でも?」
小堀:「えッ!ハイ!あッそうです!(心のリセット)でもしようかなと思ってます。ハイッ!」
小堀佑介は根っからの恥ずかしがり屋で天然ボケ。テレビ画面では恥ずかしいそぶりを連発するが、かえってそれが受けて不思議な魅力を浮き出させる小堀佑介であった。
高校時代(千葉敬愛高校)は吹奏楽部でコントラバス(1年生時)を吹いていた。まるでボクシングとは結び付かない。進学の為に猛勉強していたが、あまり勉強自体は好きではなかったらしい。ある日、むしゃくしゃしていて、フラッと立ち寄った角海老ジムにそのまま入門する。その頃、ジムの大先輩で平成のKOキングとして人気スター選手だった坂本博之選手に憧れていく。
そして、高校生プロボクサーとしてデビューした。
日本S・フェザー級のチャンピオンになった時に祝勝会の後、山手線に酔っ払って乗り、寝込んでしまい4回もグルグル回っておまけに、チャンピオンベルトを電車内に忘れてしまい、駅員に「スイマセン大事な忘れ物が?お願いです!電車止めて下さい!」と言った話しはあまりにも有名。何とも情けなくて、おっちょこちょいで大胆な行動だが、何故か憎めない選手だった。8カ月の短命王者だったが小堀佑介のキャラクターを充分に満喫させて貰って、人間像まで浮き出させてくれたそんな選手だった。
(神風コボリ!)また一人記憶に残る選手が去って行く!

【戦歴戦績】
[第41代日本S・フェザー級王座6度防衛。その後返上]
[第34代OPBF東洋太平洋S・フェザー級王座防衛0。その後返上]
[第74代WBA世界ライト級王座防衛0]
アマチュア・15戦9勝6敗。
プロ・27戦23勝(12KO)3敗1分。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 7日 (日)

…〈井岡一翔(井岡)の2戦目は日本ミニマム級8位の松本博志(角海老宝石)と対戦決定!〉…7月26日・大阪府立体育館第1競技場

…〈井岡一翔(井岡)の2戦目は日本ミニマム級8位の松本博志(角海老宝石)と対戦決定!〉…7月26日・大阪府立体育館第1競技場…〈井岡一翔(井岡)の2戦目は日本ミニマム級8位の松本博志(角海老宝石)と対戦決定!〉…7月26日・大阪府立体育館第1競技場

…ボクシング界注目の井岡一翔選手(井岡)2戦目の対戦相手は(日本ミニマム級8位)松本博志選手(角海老宝石)に決定した。松本選手はかつて、福岡県にあった小倉高橋ジム('06年閉鎖)の所属だった。'99年5月16日、当時WBA世界ミニマム級暫定王者だったソンクラーム・ポーパオイン(タイ)との試合ノンタイトル戦ながら10回3対0の判定勝ちをしての大金星をあげた。その翌年の世界ランクは(WBA5位)(WBC7位)(IBF6位)と全て世界挑戦オファーを受ける位置にいた。その後、数試合消化して'04年2月9日に日本ミニマム級王者・小熊坂諭(新日本木村)に再挑戦するが判定負け。世界挑戦のチャンスも巡って来なかった。そして、(小倉高橋ジム)の閉鎖に伴い'06年に(角海老宝石ジム)へと移籍する。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥'08年1月14日、後に新井田豊(横浜光)を敗って新王者となったローマン・ゴンサレス(現WBA世界ミニマム級王者=ニカラグア)と対戦した選手でもある。当時、16戦16勝(16KO)無敗のハードパンチャーで世界も注目していたゴンサレスに判定まで持ち込んだのだった。松本は大差判定負けとは言え、ゴンサレスの連続KO勝ちを最初に阻止した選手である。そして、今年4月19日WBCインター王座決定戦をフィリピンで戦いデンバー・クエリョ(比)に4回TKO負けした。しかし、この試合はクレームを付けてもいい程の試合内容だった。1回目クエリョのバッティングによって右目上をカットして不利な展開に。3回目にはクエリョの反則気味の引き倒しにあったが、ダウンと見なされてカウントを取られてしまった。4回目に入って右目に血が入り防戦一方になったところでレフェリーがストップしてTKO負けとなった。しかし、この試合クエリョの反則気味のラフファイトに泣かされた試合だった。松本選手にとっては不運な試合だったと言える。何れにしてもタフな選手であることは間違いない。井岡選手にとっては相手に不足はないだろう。ただ気になる事がある。勝てば当然ランキング入りするのだがミニマム級のクラスで戦って行くのだろうか?井岡選手の身長は165cmとこのクラスでは背が大きく減量が気になるのだが?因みに松本選手は152cmとミニマム級でも、最も背の低い選手である。しかし、デビュー戦の観客実数が8,253人と発表されたが、後楽園ホールの3倍以上も観客を呼べる選手は日本の世界王者でも少ない。今度は観客数10,000人も有り得るのか?何ともビッグな新人が現れたものだ!32才になるベテラン松本選手がランク入りを阻止するのか?それとも20才の僅か2戦目の井岡選手がアッサリ勝ってランク入りするのか?いずれにしても見逃せない一戦である!…【松本博志選手の戦績=32戦18勝(8KO)10敗4分】

| | コメント (0) | トラックバック (0)

…写真家の織作峰子さんにボクシングを撮ってほしい!…

…写真家の織作峰子さんにボクシングを撮って欲しい?……写真家の織作峰子さんにボクシングを撮って欲しい?……写真家の織作峰子さんにボクシングを撮って欲しい?……写真家の織作峰子さんにボクシングを撮って欲しい?……写真家の織作峰子さんにボクシングを撮って欲しい?……写真家の織作峰子さんにボクシングを撮って欲しい?……写真家の織作峰子さんにボクシングを撮って欲しい?…
〔織作峰子さんのプロフィール〕
石川県出身。
高校時代(陸上部)やり投げで北信越大会で入賞。1600mリレーにも出場して当時の北信越記録を樹立。
京都文教短期大学卒。
'81年ミス・ユニバース日本代表。
'82年(写真家)大竹省二氏に師事。二科展出品(写真部門)
'85年〜'86年と連続入選。'87年写真家として独立デビュー(当時、美人写真家として一躍有名に!)

織作さんは、主に風景を撮る写真家で、特にヨーロッパ地方の田園地帯や古い建築物などを女性から見た目でファインダーを覗き刻んだ写真は素晴らしい。どちらかと云うと「静」の写真家である。しかし、感性で撮る写真家に「動」のファインダーも覗いてシャツターを切って貰いたい気持ちもあるが。
もし、格闘技のボクシングを撮って下さいと言えば、どう云う返事が返ってくるのだろうか・・・
元もとスポーツウーマンの彼女に質問してみたいものだが。
所詮夢物語り〜確かにスポーツカメラマンと全く部門が違うが、ボクシングと云うスポーツをどんな形で捉らえて、どんな表現でシャツターを切るのだろうか興味もあり、見てみたいものだ。
織作さんはエッセイストでもあり、人物も撮っているので、それに文章を添えて写真集にすれば素晴らしいものになるだろう。
単なる美人だから、元スポーツウーマンだからの思いつき思い込みではないのだが・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年5月31日 - 2009年6月6日 | トップページ | 2009年6月21日 - 2009年6月27日 »