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2009年7月26日 - 2009年8月1日

2009年7月31日 (金)

《それぞれの〜Champ!》

《Championships!》《Championships!》《Championships!》《Championships!》ボクシングの各世界認定団体は「正規王者」の他にいろいろな王者を設けている。昨今、各団体はそれぞれ名称名目を付けて認定しているのだ。救済策と見ているのだが王者の多さに権威失墜に繋がらないのだろうかと心配もしている。主流4団体の資料から拾って見た。《各団体王者認定名称》★WBA…(世界ボクシング協会):【TC(tentativeChampion<テンタティブチャンピオン>=暫定的王者)。SC(Superchampion<スーパーチャンピオン>=超越した王者)。UC(unifiedChampion)<ユニファイドチャンピオン>=統一王者。UD(undisputedChampion)<アンディスピューテッドチャンピオン>=比類なき王者。その他(休養王者)が存在する】★WBC…(世界ボクシング評議会):【EC(emeritusChampion<エメリタスチャンピオン>=名誉な王者)。TC(テンタティヴチャンピオン)=暫定的王者。IC(interChampion<インターチャンピオン>=救済措置で正規王者と暫定王者の(中間的な王者)でランク16位〜30位の選手で挑戦者決定戦を行う。位置としては暫定王者と似た存在である。UC(ユニファイドチャンピオン)=統一王者】★WBO…(世界ボクシング機構):【TC(テンタティヴチャンピオン)=暫定的王者。UC(ユニファイドチャンピオン)=統一王者。】★IBF…(国際ボクシング連盟):【今のところ正規王者認定のみで1位2位の空位が目立つ】※UC=(ユニファイドチャンピオン=統一王者)に限っては団体間の協議で認定するかどうかを決定する。短期間ながら同クラスに統一王者、正規王者、暫定王者と3人もの王者が存在する場合があり、ボクシングファンは首を傾(かし)げたくなるのだ。このままだと次から次へと新名称王者を生みだしてしまう。次に来るのはHC=hiperChampion(ハイパーチャンピオン=超・超越王者)とでも名付けるかも知れない。留まるところがない「それぞれの王者」〜もっと解決方法の術(すべ)はないものだろうか?〜改革派のWBCは最初に12ラウンド制を導入したり、最近ではオープンスコアリングシステムを導入したりと期待してはいるのだが、これから先を見守りたい。

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2009年7月27日 (月)

…(超新鋭!)井岡一翔(井岡)対日本ミニマム級7位・松本博志(角海老宝石)〜48、5kg契約試合8回戦!…7月26日・大阪府立体育会館

…井岡一翔(井岡)対日本ミニマム級7位・松本博志(角海老宝石)…7月26日・大阪府立体育会館
…井岡一翔(井岡)対日本ミニマム級7位・松本博志(角海老宝石)…7月26日・大阪府立体育会館
…井岡一翔(井岡)対日本ミニマム級7位・松本博志(角海老宝石)…7月26日・大阪府立体育会館…井岡一翔(井岡)対日本ミニマム級7位・松本博志(角海老宝石)…7月26日・大阪府立体育会館

井岡一翔選手対松本博志選手の試合。…初回から井岡の動きがよく右ストレート・アッパー・ワンツーと多彩なパンチで松本を攻め立てる。松本は防戦一方だったがなんとか初回は切り抜けた。2回目に入ると後半に井岡の右フックで松本が前のめりに倒れるダウン。立ち上がると、今度は集中連打したところでレフェリーが割って入りストップした。2回2分59秒のTKO勝ち。これで井岡選手は日本ランカーの7位を敗ったことで僅か2戦目で日本ランク入りが濃厚になった。そして、3戦目にして日本王座に挑戦出来るのかどうかが話題になりそうだ。期待したい!

この後、井岡一翔選手は8月24日のJBCランキング発表で日本ミニマム級8位にランクインした。

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…WBA世界ライト級タイトルマッチ12回戦!パウルス・モーゼス(ナミビア)対嶋田雄大(ヨネクラ)…7月26日ナミビア・ウィントフーク

…WBA世界ライト級タイトルマッチ12回戦!パウルス・モーゼス(ナミビア)対嶋田雄大(ヨネクラ)…7月26日ナミビア・ウィントフーク
…WBA世界ライト級タイトルマッチ12回戦!パウルス・モーゼス(ナミビア)対嶋田雄大(ヨネクラ)…7月26日ナミビア・ウィントフーク

☆日本が真夏なら、ナミビアは真冬の気温3度。30度以上の猛暑からいきなり冷蔵庫の中かで試合をやるようなもの。過酷で不利は否めなかった。ナミビア到着後3日での試合は、テントを張った野外で、第一に体が寒さに順応しきれていなかった筈である。……………………………………………………☆試合が開始されると嶋田はまずまずの動きだった。しかし、2回目に入って間もなく開脚状態でスリップして左太ももを痛めるアクシデント。嶋田にとって不安な序盤戦になった。3回〜8回まで嶋田の左右強打を警戒したモーゼスは左ジャブを多用して徹底したアウトボクシング。左ジャブが嶋田の顔面に度々ヒットする。しかし、9回は嶋田も前へ出てボディー攻撃で反撃するが、ステップワークで上手く逃げられてしまった。結局12回まで戦った嶋田は最大10ポイント差をつけられ0対3での判定負け。モーゼスは初防衛に成功した。嶋田選手のコメント「めった打ちに遭った訳ではない。右足だけで僕の左も当たっていた。パンチも見えていた。届く範囲の相手。全部の力を出せていたならと思うと…」その後、嶋田選手はこうも付け加えた「きっと届く。ネバー・ギブアップです!」と…現役続行を臭わせた。〈後記〉嶋田選手は航空券郵送などの遅れで日にちに余裕がなく、しかも30度近い温度差の中で戦い、おまけにアクシデントに見舞われてしまった。完璧な態勢で挑んでいればと悔やまれた試合だった。出来る事ならもう1度モーゼスと対戦して欲しいものだ。そして、是非ともリベンジして欲しい!

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2009年7月26日 (日)

《番外編!第25代日本ライト級王者・用皆政弘》…其ノ3・最終回

《番外編!第25代日本ライト級王者・用皆政弘》…其ノ3・最終回《番外編!第25代日本ライト級王者・用皆政弘》…其ノ3・最終回《番外編!第25代日本ライト級王者・用皆政弘》…其ノ3・最終回《番外編!第25代日本ライト級王者・用皆政弘》…其ノ3・最終回


…7月初めだったか夕方に練馬区桜台のSEIYU前でバッタリ用皆氏と出くわした。
「あれッ!どうしたの?買い物なんかして!奥さんは?」と私は聞いた。
「うん!ちょつとね!」どうも缶ビールを買いに来たようだった。
私は「奥さんと喧嘩でもしたの?」と聞くと「いや〜!家にいてテレビ見てるよ!」とバッが悪そうにニヤニヤしながら云った。
どうやら私が聞いた事が当たっているようだった。そして、「今度、焼鳥屋で一杯行こうよ!電話するから!」〜と云って別れた。
仕事絡みで話すようになってからもう12年ぐらいになる。
偶然にも用皆氏の自宅と私の自宅は直線距離で300mと離れていない。

《用皆氏の現役時代を振り返る》
…'78年4月11日、日本ライト級王者・用皆政弘(斎田)対高橋仁(トーア・F)とのライバル同士対決は用皆選手が2回2分07秒KOの衝撃的勝利で3度目の防衛に成功したのだった。
この試合は、今でも語り種になっている。翌年の'79年5月21日には世界挑戦の準備の為に日本王座を返上する。

そして、'79年10月4日、用皆選手は1階級上げてWBC世界S・ライト級王者の金相賢(韓国)に挑戦することとなる。
試合が始まると序盤から中盤にかけてはお互いワンツーから左右フックの出し合いで互角の戦いだった。しかし、後半に入って徐々に金選手のスピードとテクニックが上回り始めた。
11回に入ったところで用皆選手が金選手にスタミナ切れを見抜かれて、怒涛の左右集中連打を浴びリングに崩れ落ちた。用皆選手にはもう立ち上がる気力も余力も残っていなかった。KO負けだった。

それから半年後の'80年4月28日に再起戦が組まれた。相手は以前戦ったことのある畠山昇選手(野口)である。前回の試合は判定勝ちしている。
再起を誓って用皆選手は後楽園ホールのリングに上がった。しかし、前回の対戦時のように動けず精彩を欠いて、畠山選手に研究しつくされてもいた。
結果は10回判定負けに終わってしまう。そして、この試合が現役最後となったのである。
今度、用皆氏に会った時、あの世界戦の試合は何がいけなかったのか、敗因をじっくりと振り返って貰うことにした。
〜(完)

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