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2009年9月27日 - 2009年10月3日

2009年9月30日 (水)

《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の7〜「引退発表!」

《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》其の7〜「引退発表!」
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》其の7〜「引退発表!」
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》其の7〜「引退発表!」
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》其の7〜「引退発表!」

 ロッキー・マルシアーノはアーチー・ムーアとの激戦を終えて、7カ月が過ぎていた。

ある日、ボクシング関係者以外の信頼ある友人にだけ打ち明けている。〜「背中から腕にかけて痛みが走る!もう、俺の体は“がた”が来ているみたいだ?」

激闘の末の疲労蓄積が、そう言わせたのかも知れなかった。
当時のマルシアーノの年間試合数を遡ってみた。

…'47年〜 1試合(1KO)☆デビュー戦!
…'48年〜11 〃(11KO)
…'49年〜13 〃(11KO)
…'50年〜 6 〃(4KO)
…'51年〜 7 〃(6KO)
…'52年〜 5 〃(5KO)
【NBA世界ヘビー級王座獲得】
…'53年〜 2 試合(2KO)☆防衛=2
…'54年〜 2 〃(1KO)☆防衛=2
…'55年〜 2 〃(2KO)☆防衛=2
〜【49戦全勝(43KO)無敗】
デビューして3年も満たない間に、25試合もの数をこなす過密試合だった。当時、まだ若かったとは言え、現在では考えられない数字である。 後半、試合は減ったが、稀に見る熾烈な戦いで体を傷めていたことは事実だったろう。
 
《引退発表》1956年4月27日、ニューヨーク・タイムズ社の一室に記者会見の場が設けられた。
マルシアーノが登場するとフラッシュが一斉に焚かれる。
 
そして、マイクの前でマルシアーノはゆっくりと語り出した。
『皆さん、集まってくれてありがとう!そして、応援してくれたファン、スポンサー、また僕を育ててくれたトレーナーやマネージャーのみんな心からありがとうと言いたい!4年間チャンピオンでいられたことを誇りに思っている。僕の身勝手だが、本日を持って、“引退”することを決心した!』
…記者が質問した:『どうして、今日引退ですか?まだ戦えるでしょう?』
 
『いや!“もうこれ以上戦う相手がいなくなったので、リングを降りることにした!”もうすべてを全うした思いで悔いはない!〜改めて全ての皆さん、本当にありがとう!』
 
記者会見の模様はラジオやテレビで全米に放送された。
 
マルシアーノは友人に話した体の不調は本当に重いものだったのだろうか?
引退発表では一言も触れていなかった。真相は不明のままである。ただ、マルシアーノは体調不良が理由で辞めることはプライドが許さなかったのかも知れない。〜そして、9年間のボクシング人生にピリオドを打って32才でグローブを置いた。
 
―――――其の8に続く!
 
【Rocky Marciano official website & BoXRec〜抜粋・参照】

2009年9月30日 (水) 日記・スポーツ | | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年9月27日 (日)

《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6〜「練習の虫!」

《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の6
☆前回、記したようにロッキー・マルシアーノはこの試合でアーチー・ムーアの右アッパーを貰って、2回にプロ2度目のダウンを喫した。
これまでの記録を見ると、他の試合でも劣勢から挽回して倒すという展開が数試合あった。

…54年も前の映像を見る限り、現在のスタイルと比べればスピードとテクニックがかなり違うように見えて、格差があるようにも見える。
しかし、現在の選手達は環境も変わり練習を科学的に分析したり、科学的食事法を摂ったりして体をつくり、半世紀以上も違えばスピードとテクニックは進歩して当然だと思うのだ。

マルシアーノは“練習の虫”だったらしい。
ひたむきに走り込みに力を入れ、(シャドー・マスボクシング・スパーリング)と、全てに力を抜くことはなかった。
世界王者になって初防衛戦が決まると、とてつもない練習量に驚かされる。
5カ月間の練習期間は、特に3カ月間を走り込みに集中して250マイル(約402km)も走った。多い時には1カ月に100マイル(約160km)も走破したと言う。そして、スパーリングを225ラウンドもこなしている。まさに怪物だったのだ。
ジャーシー・ジョー・ウォルコットやアーチー・ムーアに倒されて逆転するスタミナ源は、やはり練習量によるものだろう。ちゃんと裏打ちされた根拠がそこにあった。
54年も前の映像を見て、単に力まかせに殴り合っているように見えるが、そうではないと云うことが分かる。

マルシアーノはある時、「どうしてあんな逆転が出来るんですか?」の新聞記者のインタビューに、こう応えた「そこは、練習でわざと打たせて鍛練してるんだ!だからリングで出せるのサ!1分間に2、3回は相手の隙が見える。そこを攻めるだけさ!体が勝手に反応するようになったからね!…」

マルシアーノは厳しく辛い練習によって逆転劇を生む源になったことを試合で示したのである。

…そして、この試合が終わって、ヤンキー・スタジアムで観戦していたイタリアンは「これで私達もマルシアーノのおかげで、やっとアメリカ人になった!」と誇らしげに話すのだった。

―――――其の7に続く!
【PHOTO-Time&Life Pictues&Estate of Rocky Marciano〜抜粋・参照】

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