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2009年10月4日 - 2009年10月10日

2009年10月 4日 (日)

《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の9〜「師匠チャーリー・ゴールドマン語る!」

《伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の9〜「師匠チャーリー語る!」
《伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の9〜「師匠チャーリー語る!」
《伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の9〜「師匠チャーリー語る!」
《伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の9〜「師匠チャーリー語る!」
《伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の9〜「師匠チャーリー語る!」
☆ロッキー・マルシアーノの専任トレーナーであったチャーリー・ゴールドマンは出合った時から日々のことを雑誌インタビューで語っている。
…『あいつは、最初に会った時、ボソボソともの云う、気が弱そうな印象を受けたんだ!しかし、アマチュア上がりで33戦しているので、そこそこは基本が出来ているかと思ったが、そうではなかったよ!プロになる前から、ワシがずーっと面倒見たが、基本から直す所がいっばいあったね!』

『まず、パンチは人一倍あったが動きはグニャ、グニャしてダメだった。まるでアコーディオンのジャバラのようだったなぁ!構えるスタンスが悪いからガードもよくなかったし、パンチを繰り出すコンビネーションも悪かった。もう長いラウンドじゃヘタばると思って、もっと動作の速い運動をさせ、長い距離を走らせてスタミナを付けるようにさせたんだ。
プロデビューは運よく3回KO勝ちしたが、まだまだダメたった!』

『なにしろヘビー級でやるには体重が軽くて小さいから永くは続けられないと思って、ライトヘビーを勧めたんだが、あいつは1番重いヘビー級にこだわったんだ。それにまだ、教えた動きになってなかった。出来るだけ体重を増やそうとは思ったが動きが鈍くなるので、無理矢理太らすこともあえてさせかった。それよりも筋力を付けてパワーを付けさせたんだ!それが後になって試合に役立ったと言うことだね!』

『2年目に入って12戦12KOした時、攻撃力は徐々にアップしたんだが、動きのなさは相変わらずだった。まだ粗削りでパワーだけで倒していたんだね!しかし、パンチの威力だけは年々増していったんだよ。だから、パンチだけに頼ってたから以前よりもっと走らせて持久力を付ければ攻撃や動きにも活かせると思ったね!それをちゃんとメニュー通りやってくれたんだ。』

『あいつは、ワシが今まで見て来た選手の中で1番“ハート”のある奴だった。教えがいがあったよ!技術じゃぎこちなかったが、練習は指示通りにこなし、後輩には面倒見のいい優等生だった。ただリングに上がると自分勝手なところがあって、それだけが唯一心配の種だったがね!あのジョー・ルイスと戦った時はハラハラもしたが完璧だった。もうあの時ばかりは、ワシも舞い上がったんだが、頂点まで行けると確信したんだ!』

『ウォルコットやムーアの時にゃどうなるかと思ったが、あいつらしい試合になったね!動きがよけりゃ、もっと楽な展開になっていた筈なんだ。しかし、誰にも負けないパンチの破壊力があって相手の隙を見るのが上手くなってた。持って生まれた天性も備わっていたんだね。それに、あいつは試合が終われば優しい人間なんだ!倒した相手の心配ばかりして泣きそうな顔もしてた。リング上の59分間だけは野獣になったのサ!プロボクサーとしてね。あいつらしい!〜それはもう王者になった時は脚が地に着いてない思いだった。あの時は家に帰って、暑い日も寒い日も同じ屋根の下で練習に取り組んだ時の事を思い出したよ!それから王者になって4年後に引退した時だって心配もしなかった。あいつなら、もう何の仕事でもこなせると確信していたからね。〜ワシの人生に神様が与えてくれた選手だったんだ!本当にトレーナー冥利につきたとマルシアーノには心から感謝しているんだ!〜またいつか何処かで会おう!ありがとうマルシアーノよ!』

雑誌インタビューで掲載された翌年の1968年11月16日、マルシアーノが父親のように慕っていた名トレーナーのチャーリー・ゴールドマンは80歳で永眠した。


―――――最終章に続く!


【Charley Goldman Wikipedia&Rocky Marciano official site〜抜粋・参照】

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《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の8〜「復帰話し!」

《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の8〜「復帰話し!」
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の8〜「復帰話し!」
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の8〜「復帰話し!」
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の8〜「復帰話し!」
《☆伝説のボクサー!ロッキー・マルシアーノ》…其の8〜「復帰話し!」
…ロッキー・マルシアーノは引退しても引く手あまたの人気者だった。本の執筆から雑誌インタビュー、TVショー出演、スポーツコメンテーター、講演など現役時代よりも忙しい毎日を送っていた。

1956年11月30日、マルシアーノが引退して王座が空位となっていた為に王座決定戦が行われた。

弱冠21才のフロイド・パターソンとマルシアーノとの死闘を演じた老練42才のアーチー・ムーアだった。試合は呆気なくパターソンが5回KO勝ちで新チャンピオンとなった。21才11カ月の史上最年少王者(当時)が誕生する。(20才5カ月のマイク・タイソン出現まで30年間も破られなかった)
その後パターソンは4度の防衛を重ねて行く。
〜そして、月日が流れ、2年半前に引退したマルシアーノに“復帰話し”が持ち上がる。

その対戦相手として持ち上がったのが王者フロイド・パターソンだった。
話しはあくまでもパターソンが5度目の防衛を果たす事が条件であったが対戦契約までは進んでいなかった。

それでもマルシアーノは試合の解説をしていて血が騒いだのか、35才になっていたが乗り気で練習を開始する。

しかし、1959年6月26日パターソンはヘルシンキオリンピックの銀メダリストからプロに転向したEBU欧州王者のインゲマール・ヨハンソン(スウェーデン)に3回TKO負けしてマルシアーノの復帰戦は夢と破れ白紙となった。結局ベルトは北欧へと渡ってしまったのである。

その後もマルシアーノに復帰話しは持ち上がったが、進展するまでには至らず、二度とリングに上がることはなかった。

そして、また元の生活に戻っていった。


―――――其の9へ続く!

【charley Goldman Wikipedia&BoXRec〜抜粋・参照】

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