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2009年1月25日 - 2009年1月31日

2009年1月28日 (水)

《拝啓!輪島功一様!》

《拝啓!輪島功一様!》
《拝啓!輪島功一様!》

…2008年5月29日フラッシュ赤羽ジムの開設10周年記念祝賀会のパーティーが開かれた。
そこに輪島功一さんも来賓者として招かれていた。
パーティーが始まって30分もすると輪島さんの周りに人だかりが出来た。「すみません!写真撮りたいんですが、よろしいですか?」と中年女性が云うと。輪島さんはニコニコしながら「おぅ〜!どんどん撮ってよ〜!」と云って両脇の女性とポーズをとりながら「これでいいかな?ハイッ!チ〜ズッ!」とおどけながら写真を撮っていた。
輪島さんは現役時代からサービス旺盛で嫌な顔せずファンに応えていたのを思い出す。もう30数年経ったろうか、3度目の世界チャンピオンに返り咲き「炎の男」と呼ばれた。そのニックネームは炎のように燃えて溢(あふ)れ出て来る闘志から付けられたのだ。そして、蛙跳びをあみだして「蛙跳び=輪島」となって一世を風靡した。これは、ただ目立つ為に編み出したのではなく相手選手の目をそらす為の一種のフェイントだったと云う。また、そんなボクシングスタイルに(某重鎮)評論家は「あんなのボクシングじゃないよ!」と酷評されたりもした。しかし、あのスタイルは変則フェイントそのもので対戦相手を惑わす為の輪島式戦法だったのだ。酷評どこ吹く風とばかり押し通した。

輪島さんは会場に来ていた数人の若い選手達に云った「世界チャンピオンになると自然に研究するように体がなるんだよね!少しでも永く王者でいたいから!そう云う技術の探求心がそれまで以上に必要なんだ絶対にね!先ず練習も自分に勝って妥協しない事だ!」また会場でのスピーチもした「若い選手達諸君!世界チャンピオンになると日常の生活もガラッと変わるし考えも変わるぞ〜!それには一に努力!二に努力!三、四が無くて五に技術なんだね〜磨け技を!そうすりゃ上が見えて来る!そこを怠(おこた)ると何にも見えて来ないんだなぁ〜!」輪島さんのアドバイスは苦労人だけあって説得力がある。
25歳でスタートしたボクシングはかなり遅かったのだ。その分、他の選手より練習量を多くして技術の会得に苦労したと云う。それだからこそ出る言葉である。真っ赤な顔して笑顔を絶やさない輪島さんは、かなり酒が好きなようである。少々千鳥足だった。今度会った時、失礼を承知で「輪島さん!少し酒量セーブしたほうがいいですね身体に良くないですよ!」と余計なお世話かも知れないが、云うつもりでいる。

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《リング上でのマナーについて!》

《リング上でのマナーについて!》
☆ボクシング各専門誌の2月号は「リング上のマナー!」について!と題して大きく取り上げられていた。昨年12月21日の伝統ある全日本新人王決定戦の事である。ある選手の試合中のマナーに対しての事だった。この選手が極端に顔を前に出したり、グローブで手招きをしたり再三相手を挑発したと云うものだ。試合結果はこの挑発した選手が3対0で勝利を収め、しかも最優秀選手賞MVPまでも獲得してしまった。これを発端にジム代表者や関係者の数名が怒りをブチまけたのだった。「なんであんなマナーの悪い選手がMVPなんだ!今日の試合は選手にすれば一生一度の大事な領域なんだ!単独興行とは訳が違う。公の試合だ!正々堂々と戦った選手を選ぶべきだ。選び方が絶対おかしいよ?」もっともな話しである。昨今、普段の試合でもこういった挑発行為を見る。確かに選手にすれば噛み合わない試合には戦法としてこうなるのかも知れない。また選手によっては目立ちたい為にパフォーマンスととらえている選手もいる。見る方も暗黙の了解で見てしまう。しかし、余りにも繰り返し見るとやはり域を超えてしまう気持ちになる。これはレフェリーが止めなければならないし注意すべきなのだ。また、その選手を見ているトレナーにも指導義務があるだろう。ボクシングは紳士的スポーツであり「名試合に名選手あり!名レフェリーに名試合あり!」となる。

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無惨!マットに沈んで大の字になった坂田選手!

無惨!マットに沈んで大の字になった坂田選手!
無惨!マットに沈んで大の字になった坂田選手!

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《坂田健史選手よ!何故!現役続行するのか?》

…2008年12月31日大晦日の広島での試合。WBA世界フライ級王者・坂田健史対デンカオセーン・シンワンチャーの試合は、私が大方予想していた通りのKO決着となった。1Rデンカオセーンが出だしから坂田に左右ストレートをボディーへ叩き込む。坂田がブロックしながら右ショートフックを打ち込むが効かず、逆にデンカオセーンが右ショートから左フックとコンビネーションを決める。2R坂田が接近してショートブローを放つ。逆にデンカオセーンがショートボディーを打ち込む。坂田の右目上に傷があり試合中断。再開すると坂田が左右ショートボディーを打ち込み、右アッパーをかすめる。しかし、デンカオセーンは一歩も引かず接近して右ショートフックを坂田の左顎にヒット。坂田はよろめき、崩れるようにひざを着く。立ち上がったがバランスが取れず再びマットへ倒れ込み大の字に!…坂田に取って初めてのテンカウントを聞いてしまった。故郷での屈辱である。デンカオセーンの右ショートフックはさほど強烈な程のパンチとは見えなかった。それでも坂田はフラフラの状態になったのは何故か?40戦目にして手術した顎の部分が悲鳴を上げているに違いない。疲労が蓄積しているとも取れる。29歳でまだまだ戦える年齢ではあるが、今までの余りにも激闘をきたした体が悲鳴を上げているに違いない。これは練習によって取り払う事は出来ない。まだ戦いたいと云う闘争心は立派だが、試合をすれば危険なリスクを背負うことになるだろう。これからの坂田の人生を考えると是が非でも引退を勧めたいのである。

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