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2010年1月24日 (日)

《親子鷹!長嶋 建吾(エイティーン古河)〜引退!》…1月16日後楽園HL [No.145]

《親子鷹!長嶋 建吾(エイティーン古河)〜引退!》…1月16日後楽園HL [No.145]
《親子鷹!長嶋 建吾(エイティーン古河)〜引退!》…1月16日後楽園HL [No.145]
《親子鷹!長嶋 建吾(エイティーン古河)〜引退!》…1月16日後楽園HL [No.145]
《OPBF東洋太平洋ライト級タイトルマッチ12回戦》

(王者)
長嶋建吾(エイティーン古河)
−VS−
(同級7位)
三垣龍次(M・T)

… 長嶋は4回に三垣の右フックでダウンを取られると、その後は反撃して挽回、9回まではポイントでリードしていた。

しかし、10回に入って三垣の右ストレートを受けて2度目のダウン奪われ、立ち上がりざまに連打を浴びたところで長嶋側からタオルが投げこまれて、レフェリーは試合をストップした。

10回2分07秒で三垣のTKO勝ち。

この後、長嶋は「もう引退します。コンディションは良かったけれど、完敗です」と話し引退を表明した。

長嶋は高校、大学でトップアマチュアとして活躍。大学中退後の1995年6月3日に判定勝ちのプロデビュー。
その後は、日本王座、OPBF東洋太平洋王座のS・フェザー級、ライト級と各2階級王座を獲得。

2002年8月24日には世界初挑戦。WBC世界S・フェザー級王座に挑んだが王者のシリモンコン・シンワンチャー(タイ)に2回KO負けして王座奪取ならず。
父である会長と親子鷹で2度目の世界戦を目指していたが残念ながら実現しなかった。父も「良い幕引きだと思います」と話した。

長嶋はデビュー当時から世界を狙える逸材と騒がれたが、今一歩のところで及ばなかった。いつかは引退を迎えると分かってはいても、なにか寂しいものがある…
そして、惜しまれつつも15年の永い選手生活にピリオドを打った。

☆長嶋建吾
〔戦績〕
*プロ
【44戦38勝(28KO)4敗2分】
*アマ
【90戦80勝(28RSC)10敗】

☆(新王者)三垣龍次
〔戦績〕
【16戦14勝(10KO)2敗】

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