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2010年1月25日 (月)

…ボクシング映画とその俳優!…〜〈ロバート・デ・ニーロ編〉

…ボクシング映画とその俳優!…〜〈ロバート・デニーロ編〉
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…ボクシング映画とその俳優!…〜〈ロバート・デニーロ編〉
…ボクシング映画とその俳優!…〜〈ロバート・デニーロ編〉
…ボクシング映画とその俳優!…〜〈ロバート・デニーロ編〉
…映画『レイジングブル』と言えば、実在した元NBA(後のWBA)世界ミドル級王者のジェイク・ラモッタ(イタリア系米国人)の現役時代のニックネーム「怒れる牡牛=レイジングブル」が映画の題材となっている。
この映画はジェイク・ラモッタ本人が書いた自叙伝が元になっていて、1940年代から1960年代にかけてのボクサー時代の栄光から引退してからの挫折を綴ったものである。

『レイジンブル』は1980年の製作。前半カラーで回想シーンは白黒の作品。

【監督】マーティン・スコセッシ

【原作】ジェイク・ラモッタ
【脚本】ポール・シュレイダー/ マーディク・マーティン
★【主演】ロバート・デ・ニーロ

(その他出演者)
★ ジョー・ペシ(ジョーイ=ラモッタの弟役)
★キャシー・モリアーティ(ビッキー=ラモッタの妻役)
★ニコラス・コラサント(トニー・コモ=マフィアの大物役)

…ロバート・デ・ニーロはこれ以前にフランシス・F・コッポラ監督の1974年の大ヒット作品『ゴッドファーザー2』に出演してアカデミー賞・助演男優賞を受賞している。その後にも、たて続けに話題作となったシリアス物に主演している。
1976年マーティン・スコセッシ監督『タクシードライバー』
1978年マイケル・チミノ監督『ディアハンター』

…デ・ニーロはどの役に対しても異常なまでに、その役柄に徹底して成り切る役者である。
「タクシードライバー」では、社会に対しての不満を持ったベトナム帰還兵のタクシー運転手(トラビス役)では、実際にタクシー会社に約1カ月間ほど勤務して、夜の街を(流し営業)の経験しての念の入れようで迫真の演技を披露した。そして、この映画も大ヒット。この映画に感化され影響されたのか、当時のレーガン大統領暗殺未遂事件を起こし、ピストルを発砲した犯人は、事件を起こす前に、この映画を数回見ていたと語っている。

…この「レイジングブル」でのラモッタ役では当然のように、ジムに通い現役ボクサーと同じように体を鍛え上げ、ボクシングの試合シーンを撮り終えた。それが済むと今度は、引退したボクサーの体型を撮る為に、撮影を一時中断する。数カ月間わざわざ肥満する旅行に出かける。イタリアに住むデ・ニーロの父親の親戚を訪ねて行き、大好物のパスタや肉料理を大食いして20キロ以上も太って帰って来ると撮影を再開した。
このように、徹底してその役柄に成り切る為に「デ・ニーロ〜アプローチ」と云う造語まで生まれた。

監督のマーティン・スコセッシとは同じイタリア系アメリカ人と云うこともあって同胞意識があり意気投合して「タクシードライバー」を撮り終えてから益々信頼を深めていった。またジェイク・ラモッタもイタリア系アメリカ人と云うところに余計に力が入る。

そして、『レイジングブル』を撮り終えた。

【あらすじ】

…ラモッタは、引退してショービジネス界に入りニューヨークのバルビン・シアターで映画「波止場」の語り部をしていた。この映画はマーロン・ブランドが元ボクサー役で主演した名シーンのセリフをラモッタが真似て紹介するところから始まる。

…1941年、ラモッタは黒人選手との試合で判定負けしてしまう。
しかし、この試合は明らかにラモッタが打ち勝っていたはずだった。
このことで、セコンドに就いていたトレーナーの弟ジョーイと亀裂が生じてしまう。
それでもその後は、試合をこなして連戦連勝して行くのだった。

そして、1943年当時、人気急上昇中で連勝中だったシュガー・レイ・ロビンソンにKO勝ちして名を上げるのだったが、3カ月後のリターンマッチでは判定負けして落ち込んでしまい、酒浸りになって荒んだ生活を送るようになる。

この頃、ラモッタはビッキーと云う滅法美人の女性と出会って結婚していたが酒浸りの事で喧嘩が絶えなかった。
その上、妄想からか弟のジョーイがビッキーにチョッカイを出してはいないかと疑うようになり兄弟喧嘩にまで発展する始末。

そんな生活を送っていたある日、プロモーターを名のるトニー・コモと云う男がラモッタに近付いてくる。
しかし、この男の正体は八百長試合を組んで一儲けを企むマフィアの大物だったのだ。

八百長話しを持ち掛けられたラモッタは生活苦からこの話しを呑んでしまうのだった。
その八百長試合は1947年ニューヨーク・マジソンスクェアガーデンでのミドル級ノンタイトル戦ビリー・フオックス戦で実行された。
ラモッタは連打され、めった打ちにされてもなかなか倒れない。レフェリーは、見かねて、たまらず4Rでストップしたが、ラモッタは“ニヤリ”と薄笑いを浮かべて倒れることはなかった。わざと敗者になったのだ。
〜試合が終わるとラモッタはファンを裏切った事で、悩み心を打ちひしがれて行く。

そして、2年が過ぎて遂にラモッタにチャンスが訪れる。
フランスの英雄で王者のマルセル・セルダンとの対戦が決定したのだった・・・・・

★この映画は封切られると全世界で大ヒットしてロバート・デ・ニーロはアカデミー賞・主演男優賞に輝いた。そして、受賞式場では映画のモデルとなった本人のジェイク・ラモッタが現れ「君が演じてくれたお陰で、また元気がでたよ!本当に心から誇りに思う。ありがとう!…」と我がことのようにデ・ニーロの手を握りしめて喜んだと云う。…現在もジェイク・ラモッタは88歳で健在である。


―――ジョン・ボイト編に続く!

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