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2010年5月16日 - 2010年5月22日

2010年5月21日 (金)

《5月19日はボクシングの日》5月19日/後楽園ホール [No.167]

《5月19日はボクシングの日》5月19日/後楽園ホール
《5月19日はボクシングの日》5月19日/後楽園ホール
《5月19日はボクシングの日》5月19日/後楽園ホール
《5月19日はボクシングの日》5月19日/後楽園ホール
《5月19日はボクシングの日》5月19日/後楽園ホール
《5月19日はボクシングの日》5月19日/後楽園ホール
…1952年5月19日は日本にプロボクシングの世界チャンピオンが初めて誕生した記念すべき日である。

復興間もない東京もまだ戦争の傷跡が残っていた時代。

後楽園球場にプロボクシングの試合を見ようと4万5,000人以上の観客が詰めかけたという。
NBA認定(後のWBA)世界フライ級選手権試合(タイトルマッチ)。

第16代NBA世界フライ級王者ダド・マリノ(アメリカ)対白井義男(日本)の試合は判定でマリノを退け、見事に白井義男選手が王座を獲得した。
翌日の新聞には“日本の希望の星”や“希望の光”と称えられ紙面を賑わせ白井義男は一躍日本の国民的ヒーローとなり人々に勇気と希望を与えた。

今年で半世紀以上の58年前に日本に初めて世界王者白井義男が誕生した5月19日を「ボクシングの日」と讃え、ボクシング界独自で定めた。ただ残念なのは、何故ボクシング一筋で生き抜いた白井義男氏の生前にボクシング界は制定して掲げてあげられなかったのか、疑問も残るのだが・・・この日は併せて「プロボクシング世界チャンピオン会」も発足されて初代会長にガッツ石松氏が務めることもリング上で発表された。
毎年この日は何らかのイベントを企画し新たなボクシングファン獲得と人気拡大の為に開催する予定だと言う。

…2010年5月19日はあいにくの雨模様。
微力ながら、私はジムに関わっているジム会長から入場券を貰って代表して見に行くことになった。イベントのある後楽園ホールへは5時20分頃に到着する。
無料イベントとは言え、観客はまばらで一般社会にはボクシングへの関心は少ないのだろうと心配する始末。
何しろ約40人の現役、元世界王者が集結すると聞いていたからだ。

しかし、7時を過ぎる頃になるとエアボクシングやトークショー、エキシビションが始まって、何処からともなく観客が集まりだして、いつの間にかほぼ満席状態となっていた。開催側スタッフも胸を撫で下ろしたに違いない。

そして、4回戦の公式試合が終わってチャリティーオークションが始まりサイン色紙やグローブが競りに掛けられる。競りの司会を元WBA世界L・フライ級王者の渡嘉敷勝男氏が進行役でジョークを交えて笑いを誘う。

圧巻は39人(女子3人含む)の現役、元世界王者がカクテルライトに照らされて一人一人リングアナの紹介で登場して来る。

…最初に日本プロボクシング界の戦後創世期に「ハンマーパンチ」の異名で活躍して絶大な人気を誇ったWBA、WBC両世界S・ライト級王者藤 猛氏やWBA、WBC世界S・フェザー級両王者の小林弘氏が登場すると歓声が沸く。
滅多にお目にかかれない元世界王者である。

そして、元WBC世界バンタム級王者の薬師寺保栄氏が登場すると、1994年12月4日の辰吉丈一郎選手との大死闘を演じたあの日を思い出す。

ガッツ石松、大熊正二、具志堅用高、渡嘉敷勝男、浜田剛史、井岡弘樹、大橋秀行、畑山隆則、徳山昌守、川島勝重〜錚錚たる顔ぶれが次から次へと・・・

極め付けは、最近ボクシング界のみならず(父親の暴言問題)で世間を騒がせた亀田三兄弟の元WBC世界フライ級王者の亀田興毅選手と現WBA世界フライ級王者の亀田大毅選手が登場。次に兄弟と因縁対決した元WBC世界フライ級王者の内藤大助選手が登場するとホールは大歓声に包まれた。亀田兄弟、内藤選手の人気は衰えずと言ったところ。

そして、最後に衝撃的KOで初防衛を果たしたばかりのWBA世界S・フェザー級王者の内山高志選手が登場して更に大歓声が沸き返りイベントを盛り上げた。
おそらく、これだけの現役、元世界王者が集い集結したのは後にも先にも初めてだろうし、もうこれから先には実現しないだろう。
来場した若者、年輩者、人それぞれにチャンピオンを見てその時代を振り返りノスタルジックに浸っていたに違いない。

〜来年はどんなイベントになるか楽しみである。

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2010年5月19日 (水)

《目の覚める右フック一撃!内山高志選手完勝!》5月17日/さいたまコミュニティアリーナ [No.166]

《右フック一撃!内山完勝!》5月17日/さいたまコミュニティアリーナ
《右フック一撃!内山完勝!》5月17日/さいたまコミュニティアリーナ
《右フック一撃!内山完勝!》5月17日/さいたまコミュニティアリーナ
《右フック一撃!内山完勝!》5月17日/さいたまコミュニティアリーナ
《WBA世界S・フェザー級タイトルマッチ12回戦》

王者/内山高志(ワタナベ)
=VS= 同級13位/アンヘル・グラナドス(ベネズエラ)

…両選手リングに登場すると身長差で約13cm、リーチ差の12cmは歴然。

初回…左ジャブの出し合い。序盤、内山の右ボディーが身長差の違いでローブロー気味の場面も距離を詰めて左右ボディー、右ブローが決まりラウンド序盤から内山が有利な展開に。

〈2回〜4回〉3回には内山の強烈な右フックでグラナドスが一瞬腰を落とす。その後も左ジャブからボディー攻撃で完全に試合の流れを掌握。右ストレートも有効打。
5回…内山の右フックヒット。しかし、明らかに劣勢と見たグラナドスは体勢を崩しながらも右アッパー左右フックと繰り出す。中盤から終盤にかけても左ジャブ右ストレートと必死に盛り返しを試みる。このラウンドはややグラナドス。

6回…グラナドスは盛り返すと見られたが内山の左ジャブから右フックの強打を警戒して詰められず。
〜1分30秒過ぎ内山の左ジャブから強烈な右フックでグラナドスは前のめりにロープに頭を打ち付け“ダウン”
グラナドスは起き上がると左手で左膝を支えて中腰状態。
レフェリーのアバインザ(フィリピン)のカウント8で“カモーン”〜“カモーン”の呼び掛けに右手でロープを頼りに立ち上がったが、ファイティングポーズを取れずに試合を止められた。

目の覚める会心の一撃、右フックで倒した内山選手は正に異名通りの「KO′ダイナマイト」に相応しい演出をした。

【両選手の戦績】

内山高志
15戦15勝(12KO)無敗

アンヘル・グラナドス
27戦18勝(8KO)9敗

内山高志選手の次戦は暫定王者のホルヘ・ソリス選手(メキシコ)との統一戦が有力。
試合は9月に予定されている。
そして、ソリスとの試合をクリアした場合には、
その他にも対戦相手が2人浮上している。
☆元王者のホルヘ・リナレス(ベネズエラ)

☆島田雄大(ヨネクラ)
※島田選手は38歳で(JBC規定37歳定年制度)の規定に掛かっているが元日本ライト級王者で現WBA世界ライト級13位の位置にいるため特例として認められている。

統一戦が先か後かはまだ決定していないが何れにしても、またワクワクする試合になりそうだ。


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2010年5月16日 (日)

《フィリピンの英雄!マニー・パッキャオ2度目の立候補で晴れて下院議員選挙に初当選!》5月11日各紙発表 [No.165]

《フィリピンの英雄!マニー・パッキャオ二度目の立候補で晴れて下院議員選挙当選!》5月11日各紙発表 [No.165]
《フィリピンの英雄!マニー・パッキャオ二度目の立候補で晴れて下院議員選挙当選!》5月11日各紙発表 [No.165]
《フィリピンの英雄!マニー・パッキャオ二度目の立候補で晴れて下院議員選挙当選!》5月11日各紙発表 [No.165]
《フィリピンの英雄!マニー・パッキャオ二度目の立候補で晴れて下院議員選挙当選!》5月11日各紙発表 [No.165]
《フィリピンの英雄!マニー・パッキャオ二度目の立候補で晴れて下院議員選挙当選!》5月11日各紙発表 [No.165]
…プロボクサーでアジア人初の5階級制覇者でフィリピンの国民的英雄マニー・パッキャオ(31)が下院議員選挙で二度目の立候補で晴れて初当選した。

パッキャオは2007年にも故郷南部ミンダナオ島コタバト州から立候補したが、この時は落選している。

フィリピンは上院、下院の両院制議会制度。
フィリピンの国会議員の上院は「国民の代表」として政府に公約としての政策対応を担う。
下院は(日本の参議院にあたる)「州民及び地域民、国民の代表」として公約としての政策を担う。

今回、パッキャオが故郷南部ミンダナオ島の南コタバト州から、くら替えして立候補したミンダナオ島サランガニ州はフィリピンでは最も貧困率(貧困家庭の割合45%)の高い州と言われている。
パッキャオの公約は「教育、医療、福祉の充実」を掲げた。
パッキャオのコメント:「政府の援助を必要としている国民が数え切れないほど放置されている現状を変えたい!」と語った。

フィリピンは日本とは比べものにならない程、議員になるのは大役であり命懸けである。
これまでに公約を掲げて議員に当選したものの失敗政策で暗殺された議員も少なくない。
ある程度の公約を達成しても、国会の質問などで失言したりすると、反発を買い即座に議員失格の烙印にさらされると言う。そして、フィリピンの政治には必ず宗教的問題が絡む。アジアでも唯一のキリスト教国家(国民の約90%以上)ではあるが、少数派(国民の約5%)のイスラム教との争いが絶えない。イスラム教徒は独自の軍隊MNLF(モロ民族解放戦線)と一部の幹部同志の思想の食い違いで反発乖離したMILF(モロ・イスラム解放戦線)があり、フィリピン国家自体がこの軍隊の存在で一筋縄ではいかない現状がある。今は休戦状態だが20年位前まで政治家(イスラム教反体派論者)が拉致され殺害されることが日常茶飯事だった。フィリピンで政治家になるには、それこそ身の危険にさらされる覚悟が必要で、並大抵では出来ない。因みにパッキャオはキリスト教のカトリック信者であるが、ミンダナオ島の約30%はイスラム教徒が占める為に、選挙の度に支持者同士のトラブルが絶えないと言われている。

しかし、それとは裏腹にフィリピンの国民性は隣の他人でも助け合う精神を忘れない。
パッキャオが政治家を目指したのは幼少時代に、その日の食事にも事欠く生活があって、近隣にも随分と助けてもらったと語り、その人達の為にも恩返しがしたい。そして、その両親の貧困に苦しむ姿を直に見て来ていた為に、十代の頃から政治家になって貧困社会を無くすことを人一倍思い描いていたと言う。

パッキャオはアメリカを本拠地として一試合に数十億も稼ぐスーパースターである。
コマーシャルでもアメリカと母国フィリピンで十数社(スポーツ関連、衣料関連、食品飲料関連、機械関連)と契約して、こちらでも数十億を稼いでいるとされる。

しかし、パッキャオは稼いだお金で孤児院に寄付したり、資金難の学校へ寄付をしたりしている。前回の選挙でも語っていた…「ボクサーであってもフィリピンの国から貧困を無くしたいと言う思いは片時も僕の気持ちから消えたことがない!
これは神から与えられた僕への使命であり運命なのだ!」と・・・
ボクシングも命懸けなら、政治へも命懸けで臨む。
パッキャオは政治家としても成功して欲しいものだ。
今後の活躍に期待したい。

〜どこかの国のタレント議員とは取り組み方が違うわけで、月とスッポンである!


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