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2010年12月19日 - 2010年12月25日

2010年12月24日 (金)

《久高寛之選手王座奪取ならず!》12月23日/大阪府立体育会館 [No.198]

《久高寛之選手王座奪取ならず!》12月23日/大阪府立体育会館 [No.198]
《久高寛之選手王座奪取ならず!》12月23日/大阪府立体育会館 [No.198]
《久高寛之選手王座奪取ならず!》12月23日/大阪府立体育会館 [No.198]
《WBA世界S・フライ級タイトルマッチ12回戦》

王者
ウーゴ・カサレス(メキシコ=32)
=VS=
同級6位
久高 寛之(仲里ATSUMI=25)

…初回を見ると久高の好調な出だしかと思われた。
しかし、2回からカサレスの左右が冴える。

3回に久高が右目尻をカット。

4回に久高の右フックがヒットする。

5回にも久高の左フックがヒットしてカサレスが一瞬グラついた。

しかし、それ以後は久高の単発な攻めでカサレスが勢いづいてしまった。
カサレスの右から左へのスイッチ戦法にも惑わされた格好。

左右連打が冴えたカサレスが着実にポイントを重ねて12回を戦い終えた。

【採点結果】

117−111
117−111
116−112
カサレスの3−0での判定勝ちで3度目の防衛に成功した。

試合終了後のカサレスは亀田興毅と名城信男を対戦相手に名前を上げて見せた。
今後も日本人との対戦が続くかも知れない。

久高選手はカウンター狙いの戦法に賭けたが、カサレスの動きに惑わされてしまった格好で、勝機を見いだせないまま12回を戦い終えた。3度目の正直もならず、完敗に終わってしまった。

【両選手の戦績】

◆ウーゴ・カサレス
42戦34勝(24KO)6敗2分

◆久高寛之
29戦19勝(8KO)9敗1分

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2010年12月19日 (日)

《久高選手の王座奪取なるか!〜ウーゴ・カサレスVS久高寛之》12月23日/大阪府立体育会館第一競技場 [No.197]

《久高王座奪取なるか?〜ウーゴ・カサレス対久高寛之》12月23日/大阪府立体育会館第一競技場 [No.197]
《久高王座奪取なるか?〜ウーゴ・カサレス対久高寛之》12月23日/大阪府立体育会館第一競技場 [No.197]
《久高王座奪取なるか?〜ウーゴ・カサレス対久高寛之》12月23日/大阪府立体育会館第一競技場 [No.197]
《久高王座奪取なるか?〜ウーゴ・カサレス対久高寛之》12月23日/大阪府立体育会館第一競技場 [No.197]
◆WBA世界S・フライ級タイトルマッチ12回戦◆

王者
ウーゴ・カサレス(メキシコ)
=VS=
同級8位
久高寛之(仲里・ATSUMI)

…カサレスはあの長谷川穂積を倒したフェルナンド・モンティエル一家の父親から指導を受けている。
戦い方も当然のようにモンティエルのアグレッシブな動きとタイミングの取り方も似ている。

今回、3度目の来日ですっかりお馴染みになった。
初来日は、2009年9月30日に(当時)王者の名城信男(六島)への挑戦で大阪府立体育会館で戦ったがドロー判定で王座獲得ならず。

しかし、今年5月8日に、同じ大阪府立体育会館で再挑戦して名城信男を(117−111)(117−111)(115−113)の3−0判定勝ちして王座奪取に成功した。

その後、今年7月3日に本国メキシコでエベラルド・モラレス(メキシコ)の挑戦を受けての初防衛戦は、7回にカサレスが左カウンターでモラレスからダウンを奪い、モラレスは立ち上がったがダメージが大きくレフェリーストップで7回TKO勝ちで初防衛に成功している。

なにしろ、KO率(58,54%)の高さも驚異だろう。
動きが止まれば、名城戦のように右ジャブでタイミングを取って、得意の左ストレートが飛んでくる。
また、粘り強い攻めでチャンスと見るや左右連打の畳み掛ける勢いも持ち合わせている。

【ウーゴ・カサレス/MEMO】
(生年月日)
1978年3月24日(32才)
(出身地)
メキシコ・シナロア州ロスモチス
(身長/リーチ)
163cm/165cm
(戦績)
41戦33勝(24KO)6敗2分
(タイプ)
左ボクサーファイター

…久高寛之選手の世界挑戦はこれで3度目となる。

最初の挑戦は、2008年7月30日に国立代々木第一体育館で当時のWBA世界フライ級王者、坂田健史(協栄)に挑んだが大差の判定負けで王座奪取ならず。

二度目の挑戦は2009年5月26日タイ国でのアウェー戦。
当時のWBA世界フライ級王者デンカオセーン・クラティンデーンジム(タイ)に挑んだ。

試合は熾烈な打ち合いで、前半はややデンカオセーンがリードしていたものの中盤から後半戦にかけて久高が猛攻を仕掛けると、デンカオセーンの極度のスタミナ切れで久高が後半戦にポイントを重ねた。

フルラウンドを終えて、あわやと思われた試合展開も採点では、(115−113)(112−115)(112−114)1−2での僅差判定負けに終わった。
試合はデンカオセーンのラビットパンチなどの反則もあって後半戦の攻めや見映えとしては久高選手の手が上がってもおかしくなかった試合であった。

その後、今年5月4日またもやタイ国に渡っての試合に挑んだ。
WBCインターナショナル・シルバー暫定王座決定戦(日本未公認)。
WBC世界フライ級1位で28勝(16KO)無敗のポノムルンレック・クラティンデーンジムとの二度目の対戦(最初の対戦は判定負け)。
それこそ、タイ国の期待される明日の星と目されるほどに躍進していたポノムルンレックとの対戦だった。

試合は案の定7回までポノムルンレックがポイントでリードしていた。

しかし、8回に入っても劣勢だった久高が、1分過ぎに狙い澄ました強烈な右ストレートが顔面にヒットしてポノムルンレックはダウン。
立ち上がったが足がふらつき、ダメージの大きさにレフェリーが試合を止めた。

久高選手が8回1分26秒のTKO勝ちでWBCインターシルバー暫定王座を獲得した。
この大金星で、沈みかけていたチャンスが一気に到来することとなった。

その後、久高はS・フライ級に階級を上げたが、フライ級のトップコンテンダーを撃破したことで認定されて、この階級でも8位に躍進。

当初、ポンサクレックに照準を絞っていたが、カサレスとの対戦変更にも不満はないだろう。このチャンスに久高選手は大金星を上げた勢いに乗って、3度目にして悲願の王座奪取なるか期待が掛かる。

【久高寛之/MEMO】
(生年月日)
1985年4月2日(25才)
(出身地)
大阪府大阪市大正区
(身長/リーチ)
164cm/162cm
(戦績)
28戦19勝(8KO)8敗1分
(タイプ)
右ボクサーファイター

☆カサレスの出入りの激しい動きに久高が呑まれると、厄介な展開になる可能性がある。
いかに、その動きを久高が止められるか崩せるかが鍵になりそうだ。

【BoXRec Yotube参照】

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